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第1相試験の被験者像について考える
八雲星次著「職業治験~治験で1000万円稼いだ男の病的な日々」(幻冬舎、2013年)という書籍を読みました。7年の間、国内外の治験に参加することで生計を立てたという著者の体験談が書かれた興味深い本でしたので、簡単にご紹介したいと思います。
筆者は英語論文の専門家としてこれまで多数の臨床研究に関する論文に携わってきましたが、それらは専ら試験を実施する側の立場の人間によって書かれたものであり、被験者の立場で書かれた文献を読んだことはほとんどないため、本書の内容は新たな視点を提供してくれる非常に有意義なものでした。
「プロ治験者」といわれる人々が存在することはもちろん知っていましたが、その詳細を知ることは、治験が構造的に抱える問題を知ることでもあるように思われました。まず、一言で「治験参加者」「被験者」といっても、第1相のそれと第2相以降のそれは、全く異なるということが手に取るようにわかりました。健康な成人男性であるか疾患を持つ患者であるかという分かりやすい違いだけではなく、治験に参加する目的や心構えの点でも極めて大きな違いがあるということを認識させられます。こうした違いは、医薬品の開発を第三者的視点から学術的に学ぶこと、すなわち「第1相試験の目的はヒトでの安全性や薬物動態を確認することであり、第2相では探索的に用法・用量を調べる」といった学習では知ることのできない知識であり、現場で働く医療専門家や治験コーディネーターだけが肌で感じることのできる、非常に泥臭く生々しい情報だと感じます。
かつて、第1相試験では、研究者達が自ら被験者となっていたそうです。「自分が作った薬を自分が自信を持って使えなくて、どうして患者に使えるのか」という意識があったとのこと。しかし今日では、「ボランティア」の成人男性が被験者となるのが当たり前となり、負担軽減費という名の対価を目的とした「手っ取り早くお金を稼ぎたい人々」「働きたくない人々」のたまり場のようになりがちだといいます。
お金目当てで治験に参加している人々にとって、満額の対価が手にできなくなる(=途中で治験治療をやめさせられる)ことは避けなければなりませんから、例えば投薬後のアンケートできちんと症状を記入しなかったり、熱があるのにないように装ったり、あるいは過去四カ月以内に他の治験に参加していたのにそうでないと申告したりといったことが起こりえます。これは正確なデータを取得するという実施者側の目的に反することですが、第1相試験が構造的に抱える問題でもあります。個々の参加者の不遵守を責めても根本的解決にはなりません。
本書を読んでいると、嘘か本当か分からなくなるような記述もいくつかあるのですが、俄かに信じられなかったのは、「骨を折る治験」というのもあるらしいということ。なんでも、著者の治験仲間に「普通の治験では満足できない」という人物がおり、骨の再生を早める薬の治験に参加したのだそう。局部麻酔を打たれて、万力のような機械で二の腕を折り、二カ月入院するそうですが、なかなか表に出てくるような話でもないので筆者は知りませんでした。