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企業のグローバル化と英語の話題~読書の感想から
日本を代表する製薬企業である武田薬品工業が経営的な岐路に立たされていることは多くの方がご存じだと思います。近年では海外企業のM&Aや外国人幹部の招へい、さらには米国における2型糖尿病治療剤「アクトス」関連の製造物責任訴訟やCASE-J試験にまつわる不適切広告問題など、話題に事欠かない状況があります。こんな中、同社の今年の株主総会を間近に控えた6月22日に発刊された書籍「大丈夫か 武田薬品」(株式会社ソリック刊)に興味を持ち、読んでみました。
武田薬品工業のOBである原雄次郎氏とその兄禮之助氏の共著となる本書ですが、タイトルが示すとおり同社の行く将来を案じる内容となっています。興味深いこととして、本書は株主総会の行われる6月26日の数日前を狙って発売日が設定されているらしきことはもちろんなのですが、実際に入手可能になったのが総会の後だったというのが何とも意味ありげではあります。今回、某インターネット通販大手から購入したのですが、7月に入るまで一度も入荷しない状況で少々やきもきしました。詳しい事情はいくつか考えられますが、いずれも推測の域を出ませんのでここでは書かないでおきましょう。
さて本書の著者は前年の株主総会でも不満を抱いていたようで、近年同社に起こっている様々な変化について、納得できるだけの説明が欲しいという思いが強いようです。それもこれも、全ては230年以上もの歴史を誇る同社の未来を案じてのことではあると思いますが。ただ、読んでいると、同社の経営陣に訴えたい(読んでもらいたい)のか、社員、株主あるいは一般人に伝えたいのかわかりにくいセクションもありました。経営陣や他の社員を含む同社内部の人に読んでもらうにしては、あまりにも自明の内容(社の歴史やこれまでに開発したブロックバスターにまつわる説明)が多々含まれているように思われますが、一方で、「OBとしてモノ申す」的な雰囲気が濃厚に漂う部分も大いにあります。とりわけ、巻末近くにある「付録 長兵衛 閑史問答夜話」は後者のニュアンスが強いように感じられます。実はこのセクション、タイトルだけ見ると長兵衛氏(創業家である武田家の当主が代々襲名してきた名前)と閑史氏(2003年から代表取締役社長を務めた長谷川閑史氏)の対談を収録しているかのような錯覚を起こすのですが、そうではなくて、「天国の長兵衛氏が閑史氏の枕元に降りてきて対話をする」というフィクションの体裁をとっています。つまり、「もし長兵衛氏が生きていたらきっと閑史氏にこう話したであろう」という想像、それもおそらくは書き手の願望を含む想像であり、いわば、著者が言いたいことを長兵衛氏の名を借りて書いているととれなくもありません。そういう意味では、「付録」と言いながら、ここが本書の肝なのかもしれません。
ただ、読んだ感想としては、このようなフィクション仕立ての内容を挟まず、徹頭徹尾理路整然とした、分析に基づいた論考をしたほうがよかったのではないかという気もします。(どうしても言いたいことを、しかもできるだけリアルに書こうと思えば、この方法しかなかったのかもしれませんが。)この夜話の中では、長兵衛氏が閑史氏に対し、「肝心な研究所の人材を連中の意に沿わないからと言ってむやみに辞めさせたりしているのもまともとは思えん」と叱咤する場面があるのですが、この書き方にも少々首をかしげたくなります。なぜならこの書き方は、「閑史氏がむやみに辞めさせたりしている」ということを根拠ある事実として記載することなく、それでいて、読者にこれが明確な事実であるかのように錯覚させることができるからです。もし本当にそのような事実があり、証拠もつかんでいるのであれば、このような“What if”形式で書くべきではなかったのではと思ってしまいます。
企業のマネジメントが簡単でないことはいわずもがなですし、まして日本を代表する企業ともなればその苦労は大変なものでしょうから、例えばM&Aひとつとっても、それが良かったのか悪かったのかを論じるのはなかなか難しいものがあります。ただ、Topnotchのサービスに引き寄せて英語に関して言うと、グローバル企業が社内コミュニケーションにおいて英語を重視するという考え方は、時代の流れに鑑みても自然ですし、いくら外国人を多く登用しているという事実があっても、決して「英語ができるから」というだけの理由で彼ら/彼女らを重宝しているわけではないでしょう。ですから、当事者個人レベルの立場からすれば、「彼らは英語ができるだけで得をしている」などとあまり思わず、拙い英語でもどんどんコミュニケーションを図る、というのが周囲の人間としての賢い選択だと思うのです。
ここ数年、国内の有名企業、例えば楽天やファーストリテイリング(ユニクロ)がグローバル展開を図る中で、英語の社内公用語化を行うなどの大胆な取り組みを行っている事例が注目を集めています。そんな中、マネジメントサイドが「これからグローバル化を進めていくうえで社員に英語力を求める必要がある」と考えることは、何も武田薬品工業に限らずごく自然なことでしょう。楽天などは本当に社内公用語化を断行したわけですから、内外に様々な軋轢が生じたことは想像に難くない。企業内に起こるあらゆる変化の中でもかなり上位に位置する大変化であろうと思います。ただ、良くも悪くも、武田薬品工業と楽天、あるいは武田薬品工業とユニクロが大きく異なる点は、会社の歴史の長さであり、つまりは「もの言うOBが大勢いるかいないか」なのかもしれません。